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疲れが溜まっていますか? 

PB300047.jpg近頃また夜中の3時とか4時に目が覚めてしまう。
それで体の方も抵抗力が弱ったらしく、月曜日に風邪を引いてしまった。
風邪ごときで休むわけには行かないので今週もがんばって仕事には行った。
今日、そんな僕を見て、代表が心配して「疲れが溜まっていますか?」と聞いてきた。
僕は「いいえ、特に」と返答した。

帰宅して代表の質問を思い返していたとき、はっと気が付いた。
代表が僕に聞きたかったことは、僕が疲れているかどうかではなく、「職場環境は今のままで問題ないか?」という事だったんだと。僕は「疲れ」てはいないから「いいえ」と答えたのだが、睡眠の質が悪くなる要因はいろいろあるし、それが特に今月は多かった。それらは解決するべき事柄。つまり今のままでは僕は健康的ではない。イコール問題ありだ。

ああまただ。言葉の解釈の違いによる齟齬。
明日、代表と話してみよう。
風邪はほぼ治った。

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脳科学者・澤口俊之氏と女性セブンが注意欠陥障害について誤情報を発信している件 

「注意欠陥障害」を改善する有効な方法はTVゲームすること という記事について。
女性セブン2月23日号に掲載された記事のようです。

今週のテーマは「集中力」。日本語として使われる場面や文脈を踏まえると、「集中力」とは、「注意力」または「持続力」、あるいは両方を合わせた「持続的な注意力」のことをいっていると思いますが、そうした「持続的な注意力」が続かない人がいるのも事実です。
 このような人たちは、注意力が極端に散漫で、意味のあることに注意を向ける「選択的注意」という脳機能と、その注意力を持続する脳機能が低下しています。こうした症状が進んで、注意欠陥障害(ADD)傾向になってしまうと、「片付けられない人」になってしまいます。
言うまでもなく注意欠陥障害は脳障害であり、本人の生活態度やしつけで変化するようなものではない。
この記事は、単なる「集中力の低下」と「注意欠陥障害」を混同しており「誰でも注意欠陥障害になり、またそれを改善できる」という前提で書かれているようです。
誤った知識を人に植え付ける可能性がありますね。

澤口俊之氏は、脳の特定分野の研究においては確かに科学的なデータに基づいておられるようだけど、たまに専門外(この記事での発達障害について等)のことを適当に絡めて発言してしまう事があるようで…。
一般人ならまあ笑って許せる事ですが、脳科学者という立場から発言する場合の世の中への影響力はもう少し考えてもらいたいと僕は思いますね。

澤口俊之氏と小学館には訂正するようメールを送っておきます。これを読んだ皆さんもぜひ何か働きかけを。

※障害ではない「単なる集中力の低下」が記事中の「テレビゲーム法」なるもので改善するかどうかは僕はまったく知らないので否定も肯定もしません。

アスペルガーの記憶と恨み 





就労先思案中の続き。

昨日、面接でした。
オフィスに入ってすぐにおいが気になった。
世間一般で言うところの「悪臭」ではないし我慢できないほどでもないが、独特のクセのあるにおい。
においと言えば、僕が新卒で入ったIT系企業もオフィスに柑橘系の芳香剤を置いていて、それがとても鼻について困ったなぁ。
新卒で芳香剤に文句を言うのも気が引けたので我慢してた。
その芳香剤は入社して3ヶ月後くらいに知らない間にオフィスから消えていた。
入社直後のデスマーチの記憶と絡み合って、いまでもあれに似た香りを嗅ぐと嫌な気分になる。

今度のは芳香剤とは明らかに違うしにおいの発生源も不明。慣れるかな?
などと早くも受かった後の事を妄想している。


本題に入ります。

面接で「家族とは仲が良いですか?」という質問があった。
僕は危うく「良くない」と答えそうになったが、これは面接。一秒で頭を働かせて「仲は良いです」と答えた。これは嘘ではないが、正確でもない。
正確に言うなら「家族は僕と仲が良いと思っていて、僕自身はあえて仲が良い家族を演じている」となる。面接でこんな事を言うと、なにかあるんだろうかと詮索されかねず、突っ込まれると口頭ではうまく説明できずに墓穴を掘りそうな気がしたので伏せておいたんだけどね。

面接が終わった後で自分の中でいろいろ考えてしまった。
僕は家族に対していろいろと複雑な思いがある。

子供の頃、イジメに遭ったり学校というシステムに馴染めず落ちこぼれた事を父親に暴力を伴って繰り返し酷く責められた事。
僕が不登校になって部屋に閉じこもったときの、僕を見る冷たい母親の目。
髪が肩まで伸びると、髪が濡れた時に肌に触れる感覚が気持ち悪くて頭を二週間に一度しか洗わなくなり、姉と弟も露骨に僕を汚物扱いして嫌がらせもされた。まあ事実汚かったんだけど。

死ぬほどがんばって社会復帰して会社に勤めだして、ようやく人並みの人生を送れるようになったと思ったら、今度は消防団に無理やり入団させられた事。
僕が「仕事で精一杯だから消防団と両立は無理だ」と訴えても聞く耳を持たなかった。
逆に「お前が行かなかったら消防団が嫌がらせしにきてこの家に住めなくなるんだぞ!」と脅された。
昔はそういう事もあったのかもしれないが、今そんな事をされたならただ警察を呼べば済む話。父親は馬鹿ではないのだが考え方が古すぎる。
しかし当時の僕は父親の怒鳴り声から暴力の記憶が想起されて思考停止状態になり、その脅しを言葉どおりに飲み込んでしまった。
3ヶ月後、仕事と消防団の両立の疲れとストレスから心身の調子を崩し、パニック気味になってその会社も辞めるハメになり再び人生の軌道からはずれ、はだしで関東に逃げ出して、それから数年また死ぬほど辛い思いをした。

僕には「忘却」という特殊能力が無いので、これらの全ての記憶は昨日の事のようにはっきりと覚えているし、時には当時の感情も伴って今現在起きていることのように錯覚する。

かと言って別に家族を恨んでいるわけではない。
家族はいろいろと知識がなかっただけなんだ。学校に行かない事が悪だという思い込みもあっただろうし。
彼らは忘却能力を備えているので、今は何事もなかったかのように普通に家族として僕と接してくる。
それで良いとおもう。
僕は彼らをある意味で上から見ている。
常識という名の偏見にとらわれ、ロジカルに物事を考えず、そして忘れる。
ここは僕が大人になって、すべて忘れたように演じてあげないといけないんだと思う。
僕の本当の気持ちをさらけ出していまさら波風を立てても、そうすることにさして意味があるとは思えない。
そんなことに時間を使うのは無駄だし、それよりも他にやる事がいっぱいあるから。

ところでこれに関連して、こんなブログ記事がある。

「kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)」から
アスペルガーの人の恨みは海よりも深い

好意的に読めば書いてある事には大体同意できる。
しかし誤解を生みかねない部分も一箇所あるので、この機会に指摘したいと思う。
たまにアスペルガーの人は、特定の身近な人ではなく、漠然と「社会」を恨んでいることがある。時に世間を震撼させるような犯罪を起こすのは、このことが関係しているように見える。
統計的に、アスペルガーとそれ以外とで「世間を震撼させるような犯罪を起こす」率に有意差は見られない。
筆者は精神科医なのでおそらくそのことも知っていると思うが、この文章は「アスペルガーは世間を震撼させるような犯罪を起こしやすい」と読み手がミスリードしやすい表現になっているので、今後は気をつけて欲しいと思う。

ところで、人格的に問題のある人が犯罪を起こした時にその人個人の特性がフォーカスされる事はほとんどないが、人格に問題のある「アスペルガー」が犯罪を起こした時は、まず間違いなく人格の問題よりも「アスペルガー」がフォーカスされる。
この点に疑問を呈している人はあまり見かけないけど、とても興味深い現象だと思う。
人間は、不安の元や恐怖の対象と距離を置こうとする。
凶悪犯罪者の心理について「心の闇」という表現がよくされる。こうする事で、犯罪者は自分とは異質の人間であって、遠い世界の出来事なのだと無意識的に思いこむ事によって不安を解消しようとする、防衛機制のような働きが人間にはあるような気がする。
闇は闇のままであったほうが、現実と向き合うよりも手っ取り早く不安解消できて、都合が良いんだろうね。
「心の闇」の正体が明らかになってしまったら、実は人間なら誰でも凶悪犯罪者になり得る可能性があることを知ってしまうこと。人間とはそれほど弱い生き物であることを知るのが怖いんだ。
だから、その犯罪者がたまたまアスペルガーであったとき、それは「心の闇」と同じ、「アスペルガー」という名の偶像として、異界の住人として扱われ、不安解消に都合の良いスケープゴートに利用される。